土曜日, 3月 04, 2006

大学入試センター試験の英語リスニング問題に見る、発音のタイプ(中間報告)

 2006年1月、大学入試センター試験において、初めて英語リスニング試験が行われた。世間では、試験実施の技術的問題ばかりがクローズアップされているように見えるが、私自身は、ここで現れる発音がどのようなタイプのものであるのかに、より関心があった。
 日本の英語教育では、一応アメリカ発音を暗黙のうちに扱っていると考えていいと思う。英和辞典の発音表記もアメリカ発音が優先だ。また、アメリカで発行されている、留学生・移民向けの発音教本も、pom=palm である点を除いては、同じタイプの発音を教えている。
 しかし、アメリカのあちこちに足を運んだときに耳にする発音や、日本で一般向けに刊行されている英語教材に収録されている音声を聞いていると、どうもその「教えられていることになっている」発音があまり聞かれないような印象を以前から持っていた。その最たるものが、cot の母音と caught の母音の違いについてだ。アメリカ西部では両者は同じ発音になるが、一般用教材では、本では「違う発音」として扱われながら、付属音声を聞くとほとんどの場合両者の区別はないという印象を持っている。
 つまり、辞書に記載されているような発音は、我々が実際に出会うアメリカ発音とは食い違いがあるのではないか、我々は、不要な区別をわざわざ学んでいるのではないか。そのように考えたわけである。方法論的に疑問なしとはしないとはいえ Atlas of North American English が刊行され、曲がりなりにもアメリカ発音の全容を概観することが可能になったのと時を同じくして、入試という形でターゲットとなる発音が提示されたので(もっとも、センター試験の吹き込み者が、持っている発音のタイプを理由に選ばれたという可能性は低いのだが)、この際、センター試験のリスニング音声の性質を調べ、「学んでいる発音」と「ターゲットとして示されている発音」の間にギャップがないかどうか調査をしてみようと、私は考えたのである。
 大学入試センターのリスニング問題の音声はここで聞くことができる。 スクリプトもある。 僕がやっている作業は、何のことはない、この音声を簡略音声表記して、どのようなタイプなのか見極めることである。現在、作業は3分の1まで終わったというところ。しかし、これだけでも傾向は見えた。次のようなものである。

  1. /ɑ/ と /ɑː/ の対立、言い方を変えれば bomb と balm の対立は現れてこない。どちらかのグループに属すると綴り字から判断できるものはあるが、直接長さで区別されるものがないということだ。実質的に、この対立はないと言っていいだろう。「ある」と考える方が却って難しい。日本の全ての辞書や教科書の発音表記には根拠がないと言っていい。
  2. /ɑː/ と /ɔː/ の対立はなく、全て /ɑː/ と発音されている。僕が常日頃、色々な教材で出会っている発音と同様、辞書や教科書の発音とは違っているということだ。
  3. /r/ の前での /æ/ と /ɛ/ の対立がなく、両方とも /ɛ/ になっている。つまり、marry は merry と同じに発音されるということだ。例としては、Paris が辞書にある /ˈpærɪs/ ではなく /ˈpɛrɪs/ と発音されている。なお、辞書には Mary /ˈme(ə)ri/(ないし /ˈmɛ(ə)ri/) という表記もあるが、これはアメリカでは括弧の中の /ə/ を生かさないということなので、元々 merry と同じである。

結局、僕が1月19日の記事で書いていた、『北米英語地図』から推測される多数派の発音が現れているということだ。もちろん、大学入試センター試験のリスニングの発音がこうだから、これを教えなければならないというものではないが、これ自体アメリカで多数派と思われる発音と一致していることから、日本の辞書や教科書では少なくとも3種類の不要な区別をしており、検討の余地があるだろうということだ。

2について言えば、発音練習で boat /boʊt/ vs bought /bɔːt/ という区別が扱われるのが定番となっており、それでもなかなか区別に苦しむ生徒が多いと思われるのだが、これを取り入れて /ɔː/ を /ɑː/ にしてしまえばはじめからこのような問題は起こらない。よしんば日本語の母音に還元してしまったとしても、「アー」と「オウ」の混同など起きようがないからだ。つまりこれを取り入れることで、発音は易しくなる。しかも、これは日本人に区別が難しいから仕方なくというのではなく、アメリカに広く存在し、教材や入試にも現れる発音なのだ。これを取り入れない手はないと思うのだが、どうだろうか。



私が言語学者になったワケ


 大学に入る時点では、私は言語研究者(自分を“言語学者”と呼ぶのには抵抗がある)になる気はさらさらなかった。アメリカ地域研究がしたかった。もっと卑近にいえば、アメリカのことが知りたかった。 中学2年の夏休み、私はラボ教育センターの国際交流プログラムでアメリカ・カンザス州にホームステイした。どこまでも平らに広がる大地と空、気だるさを覚えるほどの、のんびりした時間の流れ…。それ以来、私はアメリカの虜になった。毎日のように、アメリカで買ってきた道路地図を眺めた。
 しかし、大学に入ってしばらくして、私は、自分がアメリカ地域研究をやりたいと思っていたのはお題目に過ぎなかったことに気づいた。アメリカのことを知りたいのは確かだ、でも、研究は別だ。そもそも準備不足だったのだ。高校まで、力を入れて勉強したのは英語だけだったのだから。「社会的」なことを扱う方が高級だ、といった頭でっかちな考えがあっただけだった。
 そんなことを考えていた頃、出張で上京してきた父から「1年やるからアメリカに留学しに行ったらどうだ」と持ちかけられた。恐らく、父にも私が迷走している様子が分かったのだろう。そこで私は考えた。語学留学では仕方がない、何か内容のあることを勉強しなければ。自分は一体、何をやるのがいいのだろう。
 私は英語の発音にはこだわりがあった。ホームステイで聞いたあの音を自分も身につけたい。でも、耳で聞いたものを再現しようとしても、どうやったらいいのかよく分からない、とずっと思い続けていたのだ。ちょうどその頃受けた音声学の授業は、そうした謎を次々と解いてくれるものだった。また、私はどちらかというと英語は理詰めで読み解こうとする方だった。
 そうか!自分は、アメリカが好きなのは確かだが、研究対象として好きなのはむしろコトバだったんだ。それならアメリカでは言語学をやろう。そう思い定め、大学4年の夏、私はアメリカへ旅立った。

大修館書店刊行の月刊『言語』のメルマガ【げんごろう】第12号(2004年2月13日配信)のリレー・エッセイ「私が言語学者になったワケ」その3より転載。「800字程度」という指定だったので、言語研究者になろうと決意するまでの前段階を書いた。現在は、字数制限はもっと緩められているようだ。
 
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